■2021年3月2日にリットーミュージックから発刊された『音楽メディア・アップデート考 〜批評からビジネスまでを巡る8つの談話』は、音楽ナタリーの元編集長でもある加藤一陽(カトウ・カズハル)氏が、8人の音楽ライターやジャーナリスト、編集者たちと対談する中で見えてきた音楽メディアが抱える課題や今後のあり方を明らかにするといった内容だ。本書のテーマや登場する人物の特性上、自問自答からはじまり、最終的には自縄自縛に陥りかねないリスクは孕んでいることも含めて楽しめる1冊である。200ページ超で、価格は1,760円。
優秀なキュレーターたちを紹介する本
■音楽雑誌やWEBメディアから情報収集する読者は多いが、一般的に、読者自身が各媒体を支える編集者やジャーナリスト、ライターたちに焦点を当てることは少ない。なぜなら、あくまでも興味の中心はアーティストであり楽曲であり、媒体はそれらの価値を増幅するための装置でしかないからだ。しかしながら、潜ませておくには勿体無いほど強烈な個性というものは存在する。自らが詞曲を手掛けなくとも、音楽に対する独特の価値観を持ち、優れた選球眼を持ち、高い言語化能力を持つ。そのような「中の人たち」8人を登場させたのが本書『音楽メディア・ アップデート考』である。彼らにフィルタリングされた音楽体験は、これまでとは違った世界と正解を見せてくれるはずだ。
幅広い層の読者を想定しつつも、“通”向け
■本書には、数多くの紙媒体やWEB媒体の名称が出てくる。触れる音楽ジャンルも、邦楽や洋楽、ロック、ジャズ、メタル、ヒップホップなど多岐に渡る。より多くの音楽ファンや音楽に携わる人たちに読んでもらいたいという著者の願いが見て取れるが、その一方、入門書のように逐一丁寧な専門用語の解説や会話内で出てくる人物の紹介をすることはほとんどない。海で泳いだことのない人を初めて誘ってみるというよりは、すでに浅瀬で楽しく遊んでいる人を、深海に引きずり込もうとするのに近い乱暴さはある。その為、ある程度の読者の選別は行われている。
■本書を読む上で、まず、過去に著者が編集長を務めていた音楽ニュースサイト「音楽ナタリー」が他の音楽媒体と比べて、どのような性格を持っているのか、という点を理解した上でページを進めるとより楽しめる。
■著者自身が「批評を主軸に置かないメディア」と表現するように、音楽ナタリーに掲載される記事は、ライターの主観や個性を極力抑えた内容であることが求められる。優劣や点数を付けないスタンスで、幅広い情報を網羅することが念頭にあるのだ。音楽ナタリーは、その方向性で成功しているメディアであるが、従来の音楽雑誌の特徴でもあった「批評性」を持たないという点で、逆のアプローチでもある。今回は、全体を通して「一体、批評とは何か?」がテーマとして語られており、音楽ナタリーの元編集長がキャラクター性の強いジャーナリストやライターと向き合うという、ある意味、自虐的な行為こそが、本書の一番の面白ポイントである。
■登場人物の紹介もしておく。非常に豪華なラインナップだ。『ROCKIN’ON JAPAN』元編集長、『MUSICA』初代編集長である鹿野淳(シカノ・アツシ)氏、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』の著者・柴那典(シバ・トモノリ)氏、『ニッポンのマツリズム 祭り・盆踊りと出会う旅』著者・大石始(オオイシ・ハジメ)氏、『Jazz The New Chapter』シリーズを監修した柳樂光隆(ナギラ・ミツタカ)氏、『東北ライブハウス大作戦 -繫ぐ-』の著者・石井恵梨子(イシイ・エリコ)氏、『WIRED』日本版の元編集長・若林恵(ワカバヤシ・ケイ)氏、『リズムから考えるJ-POP史』の著者・imdkm(イミヂクモ)氏、『ライムスター宇多丸の「ラップ史」入門』の共著である渡辺志保(ワタナベ・シホ)氏の8人。彼らの発言を読めるというだけでも、本書を手に取る価値がある。
■対談形式を採用しているが、互いのジャーナリズムを競い合ったり、激論を交わしたりするようなスタイルではなく、聞き上手の著者が8人それぞれを丁寧に引き立て、時には彼らに批評されながら、時にはいなしている。各章で語られるエピソードも興味深いものが多く、音楽メディアの過去・現在・未来が1冊に集約された、まさに「八方良し」の良書である。